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2019.04.24

富山新聞に当社の記事が掲載されました。

ニッチに集中 どん底脱す

「あの、社長さん」 前田薬品工業 前田大介氏

 

社長就任時は「どん底、まるで地獄のようでした」と振り返る。

2014年、大手医薬品メーカーから受託製造した薬の試験データ書き換えが発覚し、工場が10日間の操業停止に追い込まれたのである。

 

納期のプレッシャー

引責辞任した父の跡を継いだものの、メーカーへの補償や製品回収が重なって赤字に陥り、まもなく運転資金は底を突いた。

150人いた社員は3分の2が去った。

「ああ、会社って、こんなふうにつぶれていくんだなって思いましたね」

 

データの書き換えが行われたのはなぜか。

「現場には『何が何でも納期は守れ』という強いプレッシャーがはびこっていた。製薬で最も大切なGMP(品質基準)がおざなりになったのかもしれません」

 

再建に当たり、思い切った決断を下した。

5億円の売り上げがあった飲み薬の製造から撤退し、塗り薬の外用剤に特化した。

国内の薬市場は約10兆円で、うち外用剤は4~5%。

「大手の参入が少なく、大量生産の価格競争に巻き込まれない」。

ニッチ分野に経営資源を集中する背水の陣だったという。

 

分野を絞り込み、合理化を図ることで品質にこだわる体制を再構築した。

医薬品メーカーの生命線であるブランド力を徐々に取り戻すと、売上高は前期(18年9月期)、社長就任時から約10億円増加し、利益もV字回復した。

 

ジェネリック医薬品(後発薬)の外用剤では今や、売上高で国内トップ5に入る。

国は後発薬の使用割合を80%に高める目標を掲げるが、外用剤は50%にとどまり、売上数量をまだ伸ばす余地があるだろう。

 

ただ、さらなる成長のためには新規分野の開拓が必要になる。

塗り薬の技術を生かしたスキンケア化粧品を次の収益の柱に育てるため、8月に専門工場を稼働させる。

「製薬業界には既に閉塞感が漂ってきています。成功体験にこだわらず、勇気を持って新ビジネスに挑戦したい」

 

楽観的でオープン

母方の叔父の家業を継ぐため、高校3年の時、家族で養子縁組し、名字が「鈴木」から「前田」に変わった。

「最初は違和感がありましたけど、もともと性格は楽観的でオープンですから、すぐに慣れました」

 

社長就任時の最も苦しかった時、踏みとどまってくれた社員が何よりの支えになっているという。

磨きをかけた品質と、どん底で培った社員との信頼を力に、新事業の種をしっかりと育てる。

 

まえだ・だいすけ

富山市出身。富山高、同志社大商学部卒。会計事務所勤務を経て、2008年に前田薬品工業入社。専務を経て14年から社長。39歳

 

企業データから

前田薬品工業(富山市)

医薬品・医薬部外品の製造販売。1958(昭和33)年創業。関連会社に前田ヘルケアホールディングス、GEN風景、。従業員142人。2018年9月期の連結売上高は30億9千万円。

主力の外用剤が薬価引き下げなどで市場縮小が不可避の中、「塗る、貼る」の技術を生かし、医薬品以外の事業展開を図る。滑川高生徒と共同開発したスキンケア化粧品や立山町のラベンダーを使ったアロマオイルなど、地元色の強い独自商品を投入している。

10月開業を目指し、関連会社が立山町にリゾート施設を建設中だ。

自社製品を試してもらうほか、エステや宿泊施設、敷地内で栽培するハーブを使うレストランを備える。

「コトづくり」の取り組みにより、ブランド力をさらに強化する。